松本あめ市

a0726_000025山忠の齊藤です。

年も明けて、通常運転の毎日です。

長野県の行事は旧暦で行われる事が多く、雛まつりを4月3日、七夕を8月7日に行ったり、一ヶ月遅れで行う事が多いです。

ただ、核家族が増えて、各家庭で行事などがやりづらくなったのか、齊藤よりも年下になると、「なにそれ?」と切り返されてしまうのが、実情です。

さて、今回ご紹介するのは、「塩を送る」という言葉の由来にもなった、上越の上杉氏から窮した武田氏に塩が送られたお話です。

時は戦国時代、塩は沿岸部の主要な産品のひとつでした。

当時、海なし県の長野一体は塩を大変重宝したそうです。

なにしろ、冬場は完全に雪と寒さで隔離されてしまう長野において、貯蓄と備蓄は美徳といってもよかったぐらいです。

沿岸部ではそれほど貴重でない塩も、醤油、漬物、塩漬けなどに活用される長野では貴重品だったんでしょうね。

そんなおり、松本に勢力をのばしていた武田氏は当時の情勢から、孤立して、塩の道(塩が運ばれてくるルート)を断たれてしまいます。

時は永禄11年(1568年)、窮状を鑑みた上杉氏が武田に送った塩が到着したのが、この1月11日と言われています。

じゃあ、どうして、あめ市か。いやいや、もともとは「塩市」だったらしいです。(情報元を特定できませんが、聞き及ぶならという程度です)

ところが、「塩」って「生活必需品」のイメージが強くて、あんまり「晴れ」、つまりお祭りのイメージがなかったんですね。そこで、嗜好品だった「あめ」と「お祭り」のイメージが結びついて「あめ市」となったようです。

当時、塩市で人が集まれば、それ以外の商品だって動きます。それがあめ市になっても同じこと。

松本各地で行われているらしいですが、齊藤が知る限り一番賑やかなのは、やはり、四柱神社と縄手通り近辺でしょうか?

松本あめ市

日時 1月11日(土)~1月12日(日)

当日は交通規制がかかり、歩行者天国などになってしまうようです。

お出かけの際にはご注意を、

 

齊藤がお送りしました。

 

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