旧暦ってなに?

a0006_002881山忠の齊藤です。

1月も今日で最後、ということで一月の日記を振りかえってみると、行事の話が多々、出てまいりました。

それに続いて出てきたのが、旧暦。

でも、旧暦って一体なんなんでしょうか?

一応、辞書では暦の改定があった際に、古い歴をさしていう、という事になっています。

という事で、調べてまいりました。

まず、今の日本で使われている暦は、古くメソポタミアで作られたグレゴリオ暦だそうです。

導入されたのは明治6年も1月1日からで、その前の歴は明治5年12月2日まで使われていたそうです。

ん? なにか変だと思いませんか? そう、実は明治5年は12月2日までしかないんですね。

大変です、暦がずれました。(嘘です)

本当は元々ずれていた日本の暦をこの日、ぴったり合わせてしまったという事なんですね。

ですので、以下のようになってきます。

明治5年12月1日  西暦1872年12月30日

明治5年12月2日  西暦1872年12月31日

明治6年1月1日  西暦1873年1月1日

なんだか、ちょっと乱暴な気もしますが、年号が明治の一桁代だって事で目を瞑っていただけないですか?

先日までの大河ドラマのように時代の変わり目ってそんなものなのかもしれません。

ですので、明治5年と明治6年は1カ月ずつ少なくなってしまうんですよ。

え? 5年は分かるけれど、6年は違うんじゃないかって?

実はそれまで使っていた暦は19年に7回うるう年を挟むと、太陽や季節とのズレが調整できたらしく、明治6年はうるう月が入る年。

暦を改めたら、2カ月消えてしまった、というのも少し恐ろしい話かなと。

旧暦に話を戻しますと、こちらは天保暦という暦です。

元々日本の暦は中国の暦をベースに作られていました。

それが、日本独自の暦として、江戸時代に入ってから制定されて、100年から50年に一度作りなおされていたようです。

旧暦と一言で言っても、なかなか色々あるものですね。

ちなみに、今日は旧暦の1月1日という事になっています。

もう一度、お正月、ってお話ではないんですが。

 

山忠の齊藤がお伝えしました。

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カエルの子はカエルではありません。

山忠の齊藤です。

すごいタイトルですが、カエルの子はオタマジャクシです。はい。

で、今回の話題はこちらです。a1750_000004

「ふきのとう」です。

長野が名産というわけではないのですが、春を代表する山菜の1つです。

今、春を代表する山菜と言いましたが、少し嘘があります。

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こちらは「ふき」です。

実はこれが新芽ででてきたのが、「ふきのとう」というわけです。

 

ふきの新芽はふきじゃなくて、「ふきのとう」だったというだけのお話なんですけどね。

さて、嘘の中身ですが、ふきのとうが春を代表する山菜というお話だったんですが、ここが嘘です。

本当に春になってしまうと、えぐみが強くなって、なかなか食べるには厳しい状態になってしまいます。

出荷用の産地も、12月から2月が出荷のピークというお話で、実は一番寒い時期に生産、出荷、そして、ピークを迎えます。

「蕗の頭」と書くように、ちょっと芽を出した時に食べるのが本当なので、春になって食べたらびっくりするほど苦いんじゃないでしょうか?

山忠の齊藤でした。

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古い行事

山忠の齊藤です。

前回の記事にご質問を頂きました。

松本市 40代 女性の方からいただきました。

「前回で書かれていた中に旧正月の行事について、名前が挙がっていますが、どういったものなんでしょうか?」

かいつまんでしまえば、そんな内容でした。

 

という事で、今回は1月15日に関わる行事をいくつかご紹介いたします。

■「小正月」

前回もお伝えしましたが、「女正月」ともよばれて、正月の期間中頑張った女性が休めたり、実家に帰省出来たりする時期とも言われています。

という事で、前日は「年末」という扱いになって、1月14日は大晦日のようなごちそうを食べたり、お酒を飲んだりするわけですね。

 

■「どんど焼き」

門松、正月飾りやお札、お守り等を集めて、大きな塔を作るようです。日本各地で見られ、呼び方は様々、どんど焼きのほかにもいろいろあるようですが、長野の真ん中では三九郎(さんくろう)というのが一般的みたいです。

もともとは宮中行事だった「左義長(さぎちょう)」が元になっているようです。

これに元々の「歳神信仰」が合わさって、様々な行事が行われるようになったようです。

名前の「とんど」も「歳徳」と書いて、「年神」をあらわすようです。

松飾や書き初め、だるま(だるまを焼かない地方もあります)などを持ち寄って、燃やすんですがどうして「三九郎」と呼ぶかは分かりません。

一説には、「3」本の柱を立てて、9本の支えを入れるなんて説もありますが、その実はようとして知れません。

 

 

さて、この時に合わせて、五穀豊穣、子孫繁栄、家内安全、子孫繁栄と色々祈りをささげる行事が行われます。

■ まゆ玉

・柳の枝に、蚕の繭を模して小麦粉や米の粉で作ったお餅を差して、飾っておく風習があります。 ・もともと、盛んだった紡績のためにカイコガという蛾を育てて、その繭から、糸とっていました。農家にとっても、貴重な収入源で長野県の広範囲に渡って、養蚕をしていたようです。

・実は、まゆから糸をとる為には、熱湯で茹でなくてはなりません。そのため、中の蛹は死んでしまうので、その供養の意味合いがあるみたいです。

(まゆ玉の風習は一月ではなく、二月に行うところもあったようです)

 

■「成木責め」

・怖い名前のついた行事なのですが、こちらも五穀豊穣を祈った行事です。 ・木になる果実、柿、栗等の作物の豊作を祈る行事です。

・これがなかなか面白いのですが、子供が鉈を持って木のところに行き、「なれ、なれ、ならぬなら切ってしまうぞ」といって、少し木に傷をつけて、その傷に小豆粥を奉納するらしいです。

・たしかに栗、柿などは一年中世話をしなくても、時季がくれば実りをもたらしてくれるので、当時としてはありがたいのかもしれません。

■「農具の歳とり」

・農具は冬の間使わないのですが、この時期に出して掃除をしたり、春にむけて、整備をしたりするそうです。

・ただ、農具も大型機材化したり、冬場も何かしらの方法で働くようになり、なかなか時間が取れなくなってしまったのか、今ではほとんどやらないようです。

 

■「嫁たたき」

・これまた物騒な名前です。が、子孫繁栄を祈る行事です。行事の内容も安易なもので、粥匙や粥杖(スプーンのお化けだとおもって下さい)でお嫁さんの尻を叩くというざっくりとした風習です。

・柳田國男の本や九州の民俗学の本には記載があるようです。

・ただ、長野ではあんまり耳にしませんね。

 

さあ、色々と紹介してまいりましたが、核家族化や生活習慣の変化でそういう行事も随分とな成りを潜めてしまいました。

時代、時代でかわってきた行事、姿を変えるのはまだしも、なくなってしまうのはとっても残念な気がします。

さて、こちらも年中行事とまではいかないものの、お米の栽培が難しかった長野で、農家の生活を支えてきた食べ物です。

野沢菜おやき

【リンク】もっちり松本おやき

小麦粉の生地に長野の味をギュッと閉じ込めてお届けしております。

 

山忠の齊藤がお伝えしました。

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大寒と小正月

山忠の齊藤です。

本日は大寒、または、小正月の終わりともいわれます。

でも、どちらも今ではあまり使われない古い風習です。今日は、そんなものを紹介出来ればと思います。

「大寒」

こちらは二十四節季のひとつで、元々は中国の気候風土を基に、季節の装いに名前がついたものだったようです。

とりわけ、この「大寒」は一年のうちで一番寒い時期とされています。

 

「小正月」

小正月はもともと日本では、満月から次の満月までを一ヶ月としており、正月ももちろん十四夜月の晩でした。

現在の暦に改められてからは、その意味合いが変わり、小正月は「子供の正月」「女正月」「農具の年越し」等と色々な呼ばれ方をしています。

でも、今は小正月なんていっても、分からない人の方が多いかもしれませんね。

正月の終わりは1月15日とも、1月20日ともいわれております。

あとは「どんど焼き」「成木責め」「嫁たたき」「蚕祭り」などが行われます。

地元の行事も何を祈ったものなのかが分かると、子供でなくても参加しやすいものかもしれません。

 

山忠の齊藤でした。

 

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あづみのイルミネーション「光のページェント」

山忠の齊藤です。

冬の長野はいろいろと見どころがたくさんあるのですが、中でも人気急上昇中なのがこれ。

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自分でとったケータイの写真なので、なかなか綺麗には写りませんが、安曇野の国定アルプスあづみの公園で行われているイルミネーションです。

イルミネーションも規模も演出も様々でなかなかこれぞというものに巡り合えないのですが、ここのイルミネーションは色も演出もぴかいちです。

時間も遅めからやっていてなかなか見どころがあります。

場所も安曇野インターから20分。

先日いってみましたが、雪もほとんどありませんでした。

是非一度いってみてください。

ただ、驚くほど寒いので温かい恰好は是非していってください。

山忠の齊藤でした。

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金峯山牛伏寺 厄除縁日大祭

0749山忠の齊藤です。

今回お伝えするのは「牛にひかれて善光寺参り」のお話です。

牛にひかれて善光寺参りといえば、暴れ牛に善光寺まで連れてゆかれた、なんていう逸話が残っていますね。

今回はそれとは別のお話です。

その昔、京に都があった頃、ある高貴な身分の方が二頭の牛の背に経文をたくさん乗せて、善光寺へ納経に向かう途中、二頭とも倒れてしまったそうです。その近くには十一面観音像を祭る寺院があり、霊験あらたかな寺院に経文をおさめたそうです。

それから、牛伏寺と号を改めて、現在に至るそうです。

写真はその牛伏寺のシンボル、二頭立ての伏せ牛です。

実はこちらのお寺は、厄除縁日大祭が有名で各地から厄除けのお参りに訪れる方がたくさんいるそうです。

すいません。

実は今日なんです。

金峯山 牛伏寺 厄除縁日大祭

日時 1月12日(日)~1月13日(祝)

もっと早くお伝えすればよかったのですが、もうしわけありません。

こちらは宝物も多く所蔵しているので、厄除けに合わせて、弁財天や追儺面二面なども合わせて御覧になられてはいなかがでしょうか?

恐ろしく邪(よこしま)なお話なんですが、こちらでこの期間だけ追儺面にちなんだ「追儺まんじゅう」というそば饅頭が販売されています。

これが控えめなこしあんと、蕎麦の風味が美味しい逸品なんですね。

昨年、齊藤がお邪魔した時には、そば茶の振るまいもありました。

ぜひ、足を運ばれてはいかがでしょうか?

ただ、こちらに行かれる際は、車が必須ですし、たどり着いてからもしばらく歩きますので、是非、温かい恰好と以前お伝えしたスタットレスタイヤを履いた車でどうぞ。

 

話は飛びますが、当社でもそば粉を使いました饅頭ならぬおやきがございます。

野沢菜おやき【リンク】そば粉入りふっくらおやき

画像は野沢菜で、これが一番人気です。

よかったら、是非。

 

齊藤がお送りいたしました。

 

 

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松本あめ市

a0726_000025山忠の齊藤です。

年も明けて、通常運転の毎日です。

長野県の行事は旧暦で行われる事が多く、雛まつりを4月3日、七夕を8月7日に行ったり、一ヶ月遅れで行う事が多いです。

ただ、核家族が増えて、各家庭で行事などがやりづらくなったのか、齊藤よりも年下になると、「なにそれ?」と切り返されてしまうのが、実情です。

さて、今回ご紹介するのは、「塩を送る」という言葉の由来にもなった、上越の上杉氏から窮した武田氏に塩が送られたお話です。

時は戦国時代、塩は沿岸部の主要な産品のひとつでした。

当時、海なし県の長野一体は塩を大変重宝したそうです。

なにしろ、冬場は完全に雪と寒さで隔離されてしまう長野において、貯蓄と備蓄は美徳といってもよかったぐらいです。

沿岸部ではそれほど貴重でない塩も、醤油、漬物、塩漬けなどに活用される長野では貴重品だったんでしょうね。

そんなおり、松本に勢力をのばしていた武田氏は当時の情勢から、孤立して、塩の道(塩が運ばれてくるルート)を断たれてしまいます。

時は永禄11年(1568年)、窮状を鑑みた上杉氏が武田に送った塩が到着したのが、この1月11日と言われています。

じゃあ、どうして、あめ市か。いやいや、もともとは「塩市」だったらしいです。(情報元を特定できませんが、聞き及ぶならという程度です)

ところが、「塩」って「生活必需品」のイメージが強くて、あんまり「晴れ」、つまりお祭りのイメージがなかったんですね。そこで、嗜好品だった「あめ」と「お祭り」のイメージが結びついて「あめ市」となったようです。

当時、塩市で人が集まれば、それ以外の商品だって動きます。それがあめ市になっても同じこと。

松本各地で行われているらしいですが、齊藤が知る限り一番賑やかなのは、やはり、四柱神社と縄手通り近辺でしょうか?

松本あめ市

日時 1月11日(土)~1月12日(日)

当日は交通規制がかかり、歩行者天国などになってしまうようです。

お出かけの際にはご注意を、

 

齊藤がお送りしました。

 

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あけましておめでとうございます

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あけましておめでとうございます。

旧年は当社、ブログをごひいき賜り、誠にありがとうございます。

本年も変わらぬご愛顧のほどを宜しくお願い致します。

㈱山忠

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白い帽子の北アルプス

a0001_013486山忠の齊藤です。

写真はイメージですが、信濃の冬支度の目安の一つに、雪山が有ります。

雪も標高の高い所から振るようになりますが、2000メートル、3000メートル級の山々がひしめく、長野では、高い鋭い山ほど、写真のように白い帽子をかぶるわけです。

こんな風に、雪や寒さ、霜(気温が0℃を下回って、色々なものが凍ってしまうこと)を「おりてくる」と言います。

まさに、山の上から寒さが少しずつ「おりてくる」イメージを抱いたのいたのかもしれません。

夜は気温が下がって、同じように「おりてくる」わけなんですが、以前にもお伝えしたとおり、日中と夜間の気温差が大きく、体がついてこなくて、この時期は体調を崩される方も多いようです。

かくいう、齊藤も先日まで鼻かぜに悩まされておりました。

やはり、夜は暖かいものを食べて、温かい恰好をして、お風呂でしっかりあったまって床につかないといけないようです。

こんな気温差のなかですが、夏の疲れをしっかりとっておかないと、冬に入って本格的に病んでしまうようですね。

アルプスの白い帽子は恐ろしさと美しさがあるわけです。

さて、長野のふゆ、温かい食べ物といえば・・・・

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山忠のおそばはいかがですか?

【リンク】山忠の石臼挽き生そば

この三昧が当社の一番人気です。

よかったら、どうぞ。山忠の齊藤でした。

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農業の収穫祭

a0006_000037山忠の齊藤です。

今回はいきなりみかんの写真です。長野の季節のお話をお伝えするのに、このみかんが関わってきます。

 

さて、もう、十一月も終わりが近づいてきました。この時期になると遅撒きの作物もひと段落。遅撒きというのは、種まきが遅い時期の作物で収穫するのも、冬前ぎりぎりという時期になってしまいます。

そんな時期になると、各地のJAでは「収穫祭」が開催されます。これは、お疲れさまのお祭りと越冬に向けて食料品を備蓄するような意味合いがあるのですが、昨今ではスーパーやコンビニがあちらこちらに出来、通販スーパーもたくさんあるので、お祭りのい見合いの方が強いかもしれませんね。

主力品は地元でとれた野菜。そして、畜産物。それから、なぜか海産物。昔、長野では交通の便が悪く、魚介が貴重品として珍重されたそうです。

同じく大人気になるのが、今回の主役。みかんです。品種とすれば、早生から晩成のちょうど中間、広島の大長みかんあたりが市場を席巻します。

それをバケツに詰め放題。1回1000円。しかも、山もりにして、しかも袋に移して、さらにサービス。

一体、何キロぐらいのみかんが入っているのか・・・・・・

ちなみに隣で売っていた5kg箱のみかんが1280円だったんですが、それ以上入っていたような………

儲かるのかと聞いてみたら、「お祭りですから」と笑顔でおっしゃっていました。

たしかに、お祭りですもんね。

山盛りといえば、当社のおやきも具材は山盛りです。

今年の冬は、おやきで、なんてどうでしょうか?

野沢菜おやき

【リンク】そば粉入りふっくらおやき

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